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引っ越しの歴史

大正・昭和の引越し

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大正や昭和の引越しといえば、農家では次男三男などは僅かの田んぼや畑をもらって「分家」として家を出て引越ししていきましたが、その暮らしは貧しく大変でした。ミカン箱一つで新婚生活をスタートさせた人たちも多かったため、引越しといってもほんとうに簡単なものでした。

農家に限らず次男三男は養子に出される人も多かったのですが、養子の立場は厳しく「小糠三合あったら養子に行くな」とまで言われました。しかし、養子に行かなければ食べていけないという辛い現実があったのです。

ミカン箱というのは、ちゃぶ台が買えない貧しい家では、ミカン箱をひっくり返して底の部分をちゃぶ台がわりにして使ったものです。貧しい学生さんはミカン箱を机がわりにしていましたから、学生さんの引越しも今の学生さんとは雲泥の開きがあります。

大正から昭和初期の頃になると、一般の家にもリヤカーがある家も多く、引越しの主役として活躍していました。また、大正や昭和のころの遠隔地への引越しのときですが、大きな家具やタンスは持ってはいかずに売り払い、現地で購入していたようです

江戸時代の引越しで遠距離での引越しといえば、参勤交代のお殿様とその家族、そして家来の引越しがほとんどでしたが、明治になってからは官吏と呼ばれる国家公務員や軍人が勤務地への引越しが中心になっています。昭和になると全国展開をする商社勤務の人とか、全国各地にある支店や営業所へ転勤するサラリーマンの引越しが多くなっています。このように、引越しの形態も、そして引越しの事情も時代とともに移り変わっています。

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